2015・12 of gurim

2015・12・27
蝋梅



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一週間ほど留守にして家にもどってみると、なんと蝋梅がもう咲いている。暖かい冬。紅梅や白梅、他の梅も蕾がふくらんでいる。

2015・12・18
暖冬



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カナメモチの赤い実、ナンテンの赤い実が目立つようになった。
暖かい冬。遅くなったのでもうだめだと思って蒔かなかったエンドウ、蒔けばよかったと今頃思う。

2015・12・12
時中先生のギャラリー



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旅のはじめにもどる。11月14日金海空港に着いた私はその足でテグまで行き星州の篆刻作家、時中先生のお宅へ。テグのバスターミナルには六岑スニムと時中先生の奥様の弟さんが迎えに来てくださる。

6月に来たとき母屋の屋上というか2階部分が工事中であったのが立派なギャラリーにできあがっている。全て時中先生がコツコツと作られたのである。私のように筆と針しか持ったことのない者とはわけがちがう。英陽郡のスニムの法堂を建てられた方である。

「서화담」(書画談)と名付けられたギャラリーは開館したばかり。「きょうも幸福ですか」と書かれた看板が入り口に立てられている。迫力ある篆刻の作品と奥様の書の作品もおかれている。

あわただしく翌朝お暇しなければならなかったのが残念。

2015・12・11
木人博物館



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宿の近くにはギャラリーがたくさんある。とあるギャラリーの前に人がたむろしている。眼をひく格好の御仁方もいらっしゃる。ギャラリーで何が始まるんだろう。気になりながらもちょうど開いていた「木人博物館」にはいる。狭いけれど充実した展示がいつ来てもいい。








2015・12・10
広蔵市場から歩いて



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朝10時に会う約束の「針香」の鄭代表にあうために地下鉄で「クバンポ」へ。あたたかく迎えてくださる。12月9日からの2年に一度の展示会がもうすぐはじまる。仁寺洞の「耕仁美術館」。

広蔵市場で布、糸、針を買う。いつも誰かと一緒なので店までたどりつける。一人では迷子になりそう。

同行者と別れて鐘路の方へぶらぶらとあるくことに。宗廟が見えてきたので入ってみる。好きな場所である。やっぱりまだ紅葉は残っているが落ち葉を踏みながらあるく。小学校の先生かな、子どもたちに説明をしている。あんまり聞いてないようす。

宗廟からちょっと前までよく来ていた楽器店のほうを通ってみる。「ヤンチ国楽社」ここでチャングなどの民俗楽器を買っていた。あんまり変っていない。銀杏の葉が降り敷いていてのんびりとしている。






2015・12・9
昌慶宮



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古美術商街からの帰り、地下鉄「恵化」で降りて大学路へ。いつものコクトゥ美術館にいくとなんと閉まっている。聞くと「北村」に移ったという。そんな。気に入ってた場所だったのに残念。

気を取り直して2年前の11月に来たとき紅葉のあまりのうつくしさに息を呑んだ昌慶宮にぶらぶら歩いてむかう。65歳以上の無料で入場。得した気分。

11月20日のソウル。まだ紅葉は残っていた。あたたかすぎる。カササギ君が近寄っても逃げない。いいくらいの大きさの鳥。カラスじゃあ大きすぎるしスズメでは小さいし。隣り合っている昌徳宮に寄って王宮をはしごして仁寺洞の宿にもどる。

とっぷり暮れて宿の近くまでもどってくると、「すぐそこで韓国の伝統音楽のコンサートをするので見ていきませんか」と声を掛けられる。人集めのために観光ボランティアをされてる方が、観光客の匂いを漂わせて歩くわたしたちをみつけたようだ。民謡歌手の声がよかった。





2015・12・9
長安坪
古美術商店街



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朝から古美術商店街に出かける。地下鉄5号線「踏十里」で降りる。少し歩いて長安坪の古美術商がつまっているビルにつく。タドゥミ(砧)の棒をまず探す。どの店にも砧とセットで置いてある。砧の棒を購入。砧は木製と石のものがある。当然どちらも重い。石の火鉢に眼が行く。やっぱり重い。こんどにしようと自分に言いきかせる。ポソンの先のとんがったところに使う鏝があったりする。

「土の中から掘り出されたものですから色がうしなわれているんです。」上品な女主人はただならぬ存在感を放つ刺繍をみている私におっしゃる。「黒く見えているのは刺繍の下書きの線ですね」と説明してくれる。なるほど。刺繍の華やかな枕はばら売りではなくセットで売られている。退色したような刺繍の色がいい。







2015・12・8
淳昌



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あくまでも「韓国布紀行」。藍染作家先生に光州ゆきのバス停まで送っていただいて一度行って見たかった淳昌にむかう。光州のバスターミナルで荷物を預け、智異山に行くという同行者と別れ、淳昌ゆきのバスにのる。

淳昌といえばコチュジャンの名産地。テンジャンも美味しそう。行かねば。
バスターミナルからタクシーで乗り付けた「コチュジャン民俗マウル」は閑散としていた。 立派な構えの蔵元が軒を並べてはいるが人がいない。駐車場はやたら広い。どうやら観光バスでやってきてワアーッと買っていくような感じ。店は開いてるが人影がない。お茶するところもなければ食堂もみあたらない。博物館らしきものは工事中の札がかかっている。

いやな予感。バスターミナルまで帰れるのだろうか。けっこうな距離だったし。ターミナルゆきのバスはいくら待ってもこず、不安になった旅人はターミナルの方向に歩くことに。なんとかなるさ。 歩き始めてどれくらい経っただろう。トラックが私たちを追い抜いて止まった。「どこまでいくのですか」「ス、スンチョンバスターミナル!」「おのりなさい」

韓国を旅していると、ときどきこういう方に出会う。当たり前の事をしているだけですといった風情。トラックの座席はすこし砂っぽかったが、働き者で誠実に生きてこられたであろうその方は私たちを降ろすときなぜか柿の実を一つ手渡してくれて去っていかれた。感謝と感動で深々と御礼をして頭を上げたとき、去っていくトラックが遠くに見えた。 ま、白髪頭のじいさんがとぼとぼ歩いているのを見かねただけなのだろうが。





2015・12・7
西谷の晩秋



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澄み切った青空。こんな日はそうない。遅れて12月になって黄葉が美しい。一日風も無く、暖かい陽が降りそそぐ。


2015・12・6
モッポの蛸



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韓国布紀行。舒川から列車に乗った私たちは藍染作家先生のいらっしゃる羅州を通り過ぎて木浦に着いた。羅州と木浦はそう離れてはいない。ならば木浦で泊まり、ナクチ、蛸を食べようというのである。海辺に行けば蛸が食べられるはずと向かったが店がなかなか見つからない。やっとありついて割り箸に巻きついたものを食す。細かく刻んで胡麻油でいただくのもいい。パンチャンの牡蠣のジョンもおいしい。


2015・12・5
羅州コムタン



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羅州コムタン。羅州の名物料理なのだそうだ。コムタン専門店。メニューはコムタンだけ。入り口は狭いけれど店の中は広い。お昼時多くの客でにぎわっている。藍染作家先生は追加のスープをわたしの器にたっぷりと入れてくださる。キムチが絶品。

韓山モシの博物館の近くにある食堂。自慢のテンジャンは何年も寝かせたものとか。八丁味噌のような味がする。モシの葉っぱのチジミも出てくる。


2015・12・4
全羅道



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釜山から入って安東に行き、ソウルから帰るというコースの韓国行きが多かったのだが久しぶりに全羅道へ。
広々とした平野を列車ははしる。低い丘のような山。どこまでも続く田圃。

舒川の駅舎は新しくなっていた。場所も移動している。でもホームに立つと線路との段差が少なくて駅構内がぺたんとしていて、懐かしいかんじがする。そのぶん重い荷物を持って乗り降りするのは大変だけれど。
三十年ほど前、この駅からソウルまで、買ったハンサンモシをかばんにいれ、手にはその時おじさんにもらったタニシを握り締めて列車に乗った記憶がよみがえる。

木浦は雨だった。駅から儒達山が垂れ込めた雨雲にかすんでみえた。ゆっくり観光する時間はなく次の日は羅州へ。


2015・12・3
書院



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ファン氏のお宅で朝御飯をいただいて、ハンサンモシの博物館に案内をしていただいた後、「文獻書院」にいく。書院とは朝鮮時代の私学のこと。
高麗時代末期から朝鮮時代のはじめに活躍した学者、「李穀」「李穡」の本貫地がハンサンで、書院の裏にはお墓がある。

立派なお墓である。円墳に見えるが後ろに回ってみると鯨の尾のような形になっている。石像もいい。

「사람이 가지고 있는 것 가운데 남에게 빌리지 아니한 것이 없다.」(自分が持っているもので、他人から借り受けていないものはない)という文がパンフレットに書かれている。李穀の言葉である。


2015・12・2
新しい村



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私たちが「ハンサンモシ」のハンサンに行くというと、英陽郡のスニムが舒川に知り合いがいるのでと連絡をしてくださった。

日が暮れかけたころ雨の舒川のバスターミナルに着いた私たちをファン氏が温かく迎えてくださる。とても聞き取りやすい韓国語。もと高校の地理の先生とお聞きして納得。丁寧に分かりやすく生徒たちに語りかけていらっしゃったのであろう教室の様子までが想像される。

「산너울마을」 というところがファン氏のお住まいのあるところ。韓国ではじめてのモデル事業として造られた住宅地なのだそうだ。低い山に囲まれた理想郷といった雰囲気。都会から離れて移り住む場所で、太陽光発電で電力はまかなわれており、ほかにもいろいろと進んだ技術がが使われた先進的な場所である。住宅のデザインもいままで韓国各地で見たものとはちがう。大きくは無いけれど自然素材でつくられている。もともとあった地形に合わせて住宅が配置されて、前栽畑も大きさが異なる。白菜がぶりぶりに育っている。

韓国各地からの見学者もおおいらしい。私たちは村の入り口にある施設の2階に泊めていただいた。一階は研修などにつかわれるようだ。私たちのためにオンドルも入れていただき快適。

夜、ファン氏のお宅にうかがう。奥様と学生時代に一緒に演劇をされていたのだとか。美声と滑舌のよさの謎がとけたような。ファン氏のギター弾き語りにききほれる。


2015・12・1
羅州


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舒川から列車で木甫まで南下し、雨の木甫で泊まってから羅州に入った。羅州コムタンが名物料理。お昼にいただく。メニューはコムタンだけの店でいただく。おいしい。シムギムチがおいしい。
藍染作家先生の工房の前は田圃がどこまでも広がっている。先生の藍畑はその中にある。肥沃な土地なのだそうで麦の青が美しい。田圃の真ん中に百済時代の古墳があったりする。セッコルという地名のこのあたりでは綿布が織られている。「ハンサンモシ」、「サンジュミョンジュ」、そして「セッコルムミョン」。藍染作家先生のアトリエに細く紡いだ糸で織られた綿布が置かれていた。今回は訪ねることはできなかったが次の機会にはと思う。
人間文化財でありながらなんと現役高校美術教師でもある藍染作家先生は次の日出勤前に朝市に連れて行ってくださった。ここまでしていただいていいのだろうかと恐縮しきり。市場には前日木甫で食べたサンナクチがたらいの中に大量にいた。